文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.229

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日本大学藝術学部文芸学科     2013年(平成25年)11月18日発行

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.229
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                             編集発行人 下原敏彦
                              
9/30 10/7 10/21 10/28 11/11 11/18 11/25 12/2 12/9 12/16 
1/20  1/27 
                 「2013年、読書と創作の旅」の皆さん

11・18ゼミ


 1.ゼミ誌編集経過報告、12・16の3ゼミ合同発表会、模擬裁判稽古
 2. テキスト『剃刀』脚本読み、3.児童虐待防止月間「にんじん」
         

11・11ゼミ報告 (参加3名)

【ゼミ雑誌編集作業状況】本日、入稿 ! お疲れさまでした

ゼミ開始後、齋藤真由香編集長、「本日、ゼミ誌『読書と創作の旅』入稿しました」を報
告。これにより12月6日ゼミ誌納入日には間に合うことが予想される。ご苦労さまでした。

【12・16模擬裁判の稽古】  模擬裁判 寸劇稽古  時間の都合で中止

【竹取り物語・赤ん坊誘拐事件】HPにあった事件簿の行方は 2頁詳細

HPの判決  未成年者略取及び誘拐罪、刑法224条に該当、よって
 有罪の場合 =  竹取り爺さん(主犯) → 懲役3年
             妻のお婆さん  → 懲役2年
 無罪の場合 = 大事に育てていたので224状には当たらない。養子縁組として無罪。

【テキスト『兒を盗む話』、尾道幼女誘拐・監禁事件】

動機 → 寂しさ  ワイセツ目的 出刃包丁を用意、たまたま抵抗しなかった。検察側なら、懲役5~10年を求刑。弁護側なら無罪を主張。心神耗弱。
作者は、精神的理由で無罪。2013年ゼミ生は納得できない。控訴。

【継子殺人未遂事件】監獄4年の後シベリア送りが再審で無罪。

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.229 ―――――――― 2 ―――――――――――――

【竹取り物語・赤ん坊誘拐事件】老夫婦赤ちゃん誘拐事件 法律的には

老夫婦赤ちゃん誘拐事件模擬裁判
【事件概要】

2011年5月10日、所沢市内在住の若夫婦は、長女「お玉」ちゃん(生後3カ月)を連れたピクニックに出かけた。夫婦は、秩父山麓の竹ヤブ付近で、休憩した。が、夫婦がちょつと目を離した隙に赤ん坊がいなくなった。二時間後、夫婦は秩父署に捜索願を提出した。秩父署は、地元消防団と管轄署員300名で、付近一帯を捜査した。が、発見できなかった。秩父署は、誘拐事件も視野に引き続き捜査を行うとともにビラを配布、情報収集にあたった。が、赤ちゃんの行方はようとして不明だった。8月15日、「近所の老夫婦の家に見慣れない赤ん坊がいる」との通報があり、捜査員が出向いて尋ねると、不明の赤ちゃんと判明した。
老夫婦の夫(80)は、5月10日、タケノコ採りに山に行った。竹ヤブに赤ん坊がいたので捨て子と思い連れ帰った。が、赤ん坊があまりにもかわいかったので、妻タケ(78)と相談して育てることにした。

この事件、老夫婦の罪は裁判ではどうなるか?

例・有罪の場合

被告 竹取の爺さんとその妻の婆さん
被告は幼女を竹やぶで発見し、そのまま3ヶ月に渡り自分の子供として育てた疑いがある。
これは、未成年者略取及び誘拐罪(刑法224条)に該当する。
よって、竹取の爺さん被告を
「懲役3年」
婆さん被告を
「懲役2年に処する」

例・無罪主張の場合の弁護

略取(りゃくしゅ)とは、暴行、脅迫その他強制的手段を用いて、相手方を、その意思に反して従前の生活環境から離脱させ、自己又は第三者の支配下に置くことをいう。誘拐(ゆうかい)とは偽計・誘惑などの間接的な手段を用いて、相手方を従前の生活環境から離脱させ、自己又は第三者の支配下に置くことをいう。
竹やぶの翁の行動は明らかに
「暴行、脅迫その他強制的手段を用いて、相手方を、その意思に反して従前の生活環境から離脱させ、自己又は第三者の支配下に置くこと」にも「誘拐(ゆうかい)とは偽計・誘惑などの間接的な手段を用いて、相手方を従前の生活環境から離脱させ、自己又は第三者の支配下に置くこと」にも当たらないため「未成年者略取及び誘拐罪」を適用するのは難しいと思われる。
「自分たちの子供として育てることにした」という記述も見られるため養子縁組を行ったものと思われる。よって無罪!

以上は、ホームページにあった模擬裁判です。


―――――――――――――――――― 3 ――――― ☆文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.229

テキスト志賀直哉『剃刀』を読む 脚本化で模擬裁判(2008年合同発表)

剃刀職人殺人疑惑事件模擬裁判

裁判長......
被告人......
検 察......
弁護側......

証人 被害者家族......
証人 お梅   ......
証人 錦公   ......
証人 女中   ......

事件概要  どんな事件だったか

1909年10月13日午後10時24分頃、麻布十番四角交番に近くの「辰床」の店主、芳三郎(28)が客を殺したと自首した。勤番の山田巡査が「辰床」へ駆けつけると、客用イスに所航太(23)が首から大量の血を流して死んでいた。死因は出血死。凶器は「辰床」の商売用の剃刀。遺恨なし。業務上過失致死と無差別殺人の嫌疑で逮捕。

公判

裁判長 「人定質問」被告人は、氏名、年齢、職業、住所を述べなさい。 

被告人 辰吉芳三郎 28歳 剃刀職人 住所は港区麻布六本木一‐十二 本籍は埼玉県

検 察 被告人辰吉芳三郎は、六本木の床屋「辰床」の店主。
被告は十月十三日午後九時四十五分ごろ、客として来た、市ヶ谷連隊兵士、所航太(23)の顔を剃刀で剃っている最中、誤って咽を切ってしまい死に至らしめてしまった。本行為はあくまでも本人の意思で行われたことから、通り魔殺人と同等と見なしました。
翌日十四日の夕刊には「麻布の兵士殺し 犯人は辰床の親方」「病人の人殺し」と書かれています。よって本件は過失致死ではなく、刑法に基づき無期懲役を求刑します。

裁判長 これより裁判に入りますが、被告は自分に不利なことは言わなくても良いです。黙秘権の行使を認めます。
では被告は事件に至った経緯を詳しく述べてください。

被告人 はい。あの日は熱で朝から気がクサクサしていました。頼まれた剃刀がきたのですが、どういうわけか思うように磨げませんでした。それで一層、イライラが募りました。そこへ、あの若者の客が入ってきたのです。客はこれから色町に行くのだとか、何かと気障りなことばかり言うので癪に障りました。

裁判長 それが原因で殺意が生まれたのですか。
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.229 ―――――――― 4 ―――――――――――――

被告人 いいえ。そんなことで殺すのどうの、という気は無論ございませんでした。

裁判長 被告人は被害者に対して何か恨みがあったのですか。

被告人 取調べで刑事さんからもよく聞かれましたが、お客に対しては何の恨みも感情もありません。

裁判長 知り合いだったのですか。

被告人 近頃近所へ来た者だそうですが、全く知りませんでした。私の店へもその時初めて参ったのです。それ故、遺恨などこれっぽっちもありません。

裁判長 では、どうして殺してしまったのですか。

被告人 今考えても、どうしてあんなことをしてしまったのか、皆目分かりません。妻は一時的に気がふれたのだと申します。事件を起こしたことを考えればそうかもしれませんが、現在も、以前も、自分にはそんな兆候は微塵たりともございませんでした。今もこの通り、タシカです。

裁判長 全く殺す動機がないということですね。

被告人 はい。強いてあげるならば、咽を剃ります時、三、四里の傷をつけた。そのことくらいです。

裁判長 お前はその傷が命に関わる大きな傷と考えたのではないですか? 勝手に思い込んで、どうせ助からないのなら、一思いに死なせてやろう。そんな風に思ったのではないのですか。

被告人 そんな気があったかどうかは、いまだ考え出せません。しかしあれくらいなら、毎日のようにうちの小僧共がやっていることで、とても大事になるとは思いません。ひっかき傷でした。

裁判長 お前は腕のいい剃刀職人で、これまで十年余りも剃っていて、客の顔を一度も傷をつけたことはなかったといいますが、これは本当ですか。

被告人 はい、その通りです。

裁判長 ただの一度も失敗したことがなかった。完璧だった。裏を返せば原因というか、動機はそこにあると思いますが、どうですか。

被告人 はい。私もそう思います。

裁判長 しかし完璧主義者の裏返しとしても、人を殺すというのは大事件の動機としては軽すぎる。

被告人 はい。


―――――――――――――――――― 5―――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.229

裁判長 では、これより弁護人の陳述に入ります。弁護人、前へ。

弁護人 事件については弁解の余地はありません。被告人は慙愧の念に耐え、深く反省しております。今はただ、被害者にはご冥福と、ご家族の皆様にはお詫び申し上げる毎日であります。
本日の陳述では、事件当日に起きましての被告の身体と精神状態を述べたいと思います。まず、身体の具合ですが、被告は二、三日前から風邪をひいて臥せっていました。この日も、妻、梅の証言によりますと、三八度の熱があったようです。よって、身体的には朦朧状態にありました。次に精神状態ですが、一ヶ月前に働いていた二人の剃刀職人を首にしたことで相当悩んでおりました。
というのは、この二人は元同僚だったからです。一人は二年前にやめたのですが、また帰ってきたので「辰床」に婿入りをし、主人となった被告が良心から再び雇い入れたのです。しかし、二人の元同僚は遊び癖がついて、店の金にまで手を出すようになったことで、先月暇を出したのです。そんなことで店には二人の見習い小僧しかいませんでした。
そこに秋季皇霊祭の前にかかって、店は大忙しとなりました。折り悪く、磨きにだした剃刀の研ぎがあまり良くない。多くの不備が重なり、被告は心神耗弱の状態でした。本来ならば仕事を断わるべきでしたが、被告の律儀な性格が災いをして、顔剃りを引き受けてしまったのです。このような理由から職業上から起きた事故と言うことで、本件は不可抗力による過失致死と判断いたします。

裁判長 それでは次に検察の陳述をお願いします。

検 察 はい。私どもの捜査でわかっていることを申し上げます。まず被告は他者に強いられた訳でもなく、自分の意思で殺したことを自覚しています。それに被害者の首の傷はどう考えても作為的なものです。被告の妻は、被告が自分で殺したと言って、警察に行くのを見ています。その時の被告は、足取りはしっかりしていたし、意識もはっきりしていた、と言っております。被告の妻が証人です。

裁判長 被告人の妻、前に。
今、検察が述べたことは本当ですか。

お 梅 はい。熱のために異常ではありましたが、確かに殺したことについては自分で分かっていました。四つ角の交番へ悪びれることなく入っていきました。
とても仕事なんかできる状態ではありませんでした。何度も止めたのですが、あの人は聞く耳なんて持ってはくれませんでした。剃刀を磨ぎ損ねたときなんて、肝が潰れたかと思うくらい吃驚したんです。泣いたって、聴いてはくれませんでした。
自分がやらなきゃ誰がやる、って自分の仕事に誇りを持っていたんです。そのせいで変に意地を張ったんです。こんなことになると分かっていたなら、小僧二人を使ってでも布団に縛り付けておけばよかった。

裁判長 それでは次の証人、前へ。名前は?

錦 公 錦公と申します。二年前から「辰床」で見習いとして働いています。

裁判長 近頃の被告人はどんな様子でしたか。


文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・229 ――――――― 6――――――――――――――――


錦 公 ええ、親方には申し訳ありませんが、近頃やっぱりイラついていたと見えます。それを仕事の出来でなんとか堪えていたような節はあります。

検 察 すると、今度の事件は不満の爆発ということですか。場所は室外と室内で違うけれど、本質的には秋葉原事件と同じように思えますが。

錦 公 へえ、よくわかりませんが、むしゃくしゃして起こした、そのように思います。

検 察 すると相手は誰でもよかったということですね。違う客が被害者になっていた、その可能性もあったと思いますか。

錦 公 へえ。

裁判長 それでは次に、被害者関係者、前へ。

母 親 素行はよくなかったかもしれません。いつでも遊んでいましたから。でも親思いのとても優しい子でした。親の身からしたら、かけがえのない息子です。宝物です。こんな理由で奪われるなんて納得いきません。死ぬまで償ってもらいたい。

検 察 被害者は親思いの優しい前途ある若者でした。何故に理不尽に殺されなければならないのでしょうか。被告と言い争うようなことがあったのでしょうか。
被害者は初めて入った店で、しかも店にいた被告の妻、奉公人の証言によれば上機嫌だったといいます。何一つ落ち度のない若者を、その日の自分の感情だけで殺した。被害者は通り魔にあったようなものです。いや、通り魔よりも性質が悪いと思います。通り魔ならば警戒心を持って歩くことも出来ましょう。が、被害者は全くの無防備でイスに横たわっていたのです。被告人を完全に信頼しきっていたのです。そんな若者を殺害するのは容易いことだったでしょう。被告は客の信頼をも裏切ったのです。
本来ならば、この情け知らずの残忍な犯行と、親思いの被害者の前途を見て、被告人に死刑を求刑したいところですが、病気と心労があったということで、無期懲役を求刑します。

裁判長 弁護人の反論はありますか?

弁護人 風邪熱と心労、加えて生真面目生活が加担し、被告をその瞬間だけ心神耗弱、あるいは心神喪失状態に陥れた。その結果の事故と見るのが客観的判断ではないかと思います。そのことを証明するため、部外者の証言をお願いします。

裁判長 それでは店の関係者以外の証人、前へ。

女 中 山田で女中をしている者です。

裁判長 あの日「辰床」には行きましたか。

女 中 はい。お昼頃に行きました。旦那様が明日の夜。旅行に行くので剃刀の磨ぎを頼まれました。

―――――――――――――――――― 7―――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.229


裁判長 そのときの被告人はどうでしたか。

女 中 お店は混んでいて、小僧さんからは「明日では...」と言われました。でもどうしても、と頼むと奥から親方さんの「兼、やるぜ!」と叫ぶ声がしました。いつもと声が違うので、なんとなく風邪でもひいているのかと思いました。それで、少し心配になりました。

裁判長 で、剃刀は磨いで貰ったのですか。

女 中 用事の帰りによってみると、出来ているというので貰って帰りました。そのとき親方は風邪で寝ていると聞きました。主人に話すと「珍しいことがあるものだ」と言って、試しに剃刀を使ってみました。

裁判長 剃り具合はどうでしたか。

女 中 あまり切れなかったようです。主人が申すには「このところ大忙しのようだから、研ぐ手に狂いが出たのではないか。親方に一度使ってみてもらえ」と、言付かりました。親方さんは疲れていたんです。それで、あんな事故を起こしてしまったんです。

裁判長 これで検察、弁護人の陳述は終わります。裁判員は私見を述べてください。

以下、裁定議論 観客との質疑応答

裁判員・・・・・・観客全員

裁判長 被告は、有罪か無罪か。はじめに「有罪」と思う人は(挙手で)

裁判長 「無罪」と思う人は(挙手で)
    
     「有罪」と思う人は、何故に「有罪」か、を説明して下さい。

     「無罪」と思う人は、何故に「無罪」か、を説明してください。

裁判長 以上の陳実から結審します。挙手て゛お願いします。

     「無罪」か「有罪」か

      「有罪」ならば、刑期は

裁判長 よって
とします。
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閉廷
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・229 ――――――― 8――――――――――――――――

【児童虐待防止推進月間】

人間の謎を探る

11月は「児童虐待防止推進月間」です。ジュナールの『にんじん』を読んで児童虐待について考えてみましょう。

 厚生労働省では、児童虐待の防止等に関する法律が施行された11月を「児童虐待防止推進月間」と位置づけ、期間中に児童虐待防止のための広報・啓発活動などの取り組みが集中的に実施されます。

2013年の児童虐待防止の標語

さしのべた その手がこどもの 命綱


名作読み     児童虐待を考える

『にんじん』を読む

 新聞には、毎日のように悲惨な事件・事故の記事が載っています。なかでも胸が痛いのは、子ども虐待のニュースです。実の両親に殺される子どもが後を絶ちません。なぜ母親と父親は、一番可愛い盛りの我が子を死ぬまで虐待してしまうのか。表面上には、いろんな理由、事情があると思います。が、人間の大きな謎です。
 ゼミ後期では、テキスト事件もの(志賀直哉作品)模擬裁判と併せて、名作『にんじん』を読み、この作品の家族を徹底観察することで虐待の闇を考えたいと思います。
 その前に、作者ジュール・ジューナール(1864-1910)と『にんじん』作品について

1864年 フランスに生まれる
1881年 文学を志して大学進学を断念
1886年 歩兵連隊を歩兵伍長として除隊
1889年 フィガロ紙の記者になる
1894年 フィガロ紙を退社。小説『にんじん』を出版

『にんじん』の前扉に「ファンテックとバイイへ」とある。この二人は誰?
作者ルナールの長男と、長女である。
従って、この作品は、我が子二人に捧げられたということになる。
なぜ、残酷物語のようなこんな作品を我が子に・・・
これも大きな謎の一つである。

1897年 父、自殺する
1900年 戯曲『にんじん』初演
1909年 母、井戸に落ちて死ぬ。自殺の疑いも
1910年 5月22日未明、パリで死ぬ。46歳


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家族観察『にんじん』の謎

 ジュナールの「にんじん」は世界的にも有名な作品ですが、この一家の謎は、いまだ解明
されていない。劇にもなり人気を博した作品だが、依然として謎のままである。下原ゼミでは、読み合うことで謎解きに挑戦しているが、より真相に近づくために読み終えた作品を、模擬裁判同様、脚本化してみました。口演することによって、「にんじん」一家の謎が少しでも浮き彫りにできれば幸いです。(参加不足の場合一人2役で)Q&Aでは印の説明をしてください。

登場人物  5名 他1名(声)
 
末っ子にんじん ・・・・・・・・・・・・・・・・

母親ルピック夫人 ・・・・・・・・・・・・・・・

父親ルピック氏 ・・・・・・・・・・・・・・・・

兄フェリックス ・・・・・・・・・・・・・・・・

姉エルネスチーヌ ・・・・・・・・・・・・・・・

ナレーション ・・・・・・・・・・・・・・・・・

―― 一幕 ――

ナレーション
        夜の「にんじん」家の居間。兄のフェリックスと姉のエルネスチーヌはテーブルで本を読んでいる。にんじんは、テーブルの下で遊んでいる。ルピック夫人が入ってくる。

ルピック夫人  きっとそうだわ、またオノリーヌはニワトリ小屋の戸を閉め忘れたんだわ。
        フェリックス、おまえ、戸を閉めてきてくれるかい?
フェリックス  (本を読んだまま)ぼくがここにいるのは、ニワトリの面倒をみるためじ
ゃないよ。
ルピック夫人  だったらエルネスチーヌ、おまえどうだい?
エルネスチーヌ やだわ、お母さんたち、あたし、こわくって!

ナレーション  二人とも、読書に夢中のふりをする。ルピック夫人は、困り顔でおろおろ
するが、不意に妙案をえたのか手を打つてテーブルを見る。

ルピック夫人  そうだったわ、あたしったら、なんて間が抜けてんだろう!なぜ気がつか
なかったのかしら。にんじん、ニワトリ小屋を閉めにいっておいで!
ナレーション
(ルピック夫人は、末の子に「にんじん」という愛称をつけている。髪が赤く、顔はそばかすだらけだったからだ)にんじんはテーブル下からおずおず顔をだす。

にんじん    でも、お母さん、ぼくだってこわいよ。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・229――――――― 10―――――――――――――――

ルピック夫人  なんですって ? 大きなくせに ! 冗談をいうんじゃないよ。さあ、
早くおゆき!

エルネスチーヌ 知ってるわよ、お羊みたいに大胆なくせに!

フェリックス  こいつには、こわいものなんかないさ。こわい人だっていないもの。

ナレーション  おせじに、にんじんは得意になる。臆病な心と戦う。ルピック夫人は元気
づけるために叱る。

ルピック夫人  にんじん、行かないと平手打ちだよ!

にんじん    い、行くよ。だったら、あかりぐらいは照らしてね。

ルピック夫人  とんでもない。さ、早く行っといで。

エルネスチーヌ 私、あかり持っていてあげる。

ナレーション  彼女はついてきて廊下の端に立った。

エルネスチーヌ ここで待っているわ。

ナレーション  しかし、強い風があかりを消してしまうと、急に恐ろしくなって逃げる。
不意に真っ暗になった庭をにんじんはへっぴりごしで歩いていった。

にんじん    静かしろよ。 ! ぼくだだぜ!

ナレーション  彼は戸を閉め、一目散で居間に逃げ帰ってくる。兄も姉も、素知らぬ顔で
読書している。母親は、にんじんをみる。
ルピック夫人  にんじん、これからは毎晩、おまえが閉めに行くんだよ。

――― Q & A ―――

Q.一幕を観て、この一家をどう思ったか。

A.①ふつうの家族     ②なにか変

Q.何か変なら、誰が

A.①兄が   ②姉が   ③母親が

Q.母親が変なら、彼女のどこが?

A.①子どもを平等にみていない   ②怒りっぽい性格が

Q.にんじんは、これを書いて、何を言いたかったのか

A.①損な役回りの自分  ②自分の勇気。  ③母親の専制
 
―――――――――――――――――― 11 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.229


 ③母親に嫌われているところをみせるため。 ④たんに一家のある夜の風景


Q.「にんじん」について、どう思う (『めんどり』のこの作品で)

A.①へんな子ども   ②ふつうの男の子   ③かわいそうな子  ④嫌な子

――― 二幕 ―――

ナレーション  「にんじん」家の台所。父親のルピック氏、夫人、兄のフェリックス、姉
のエルネスチーヌ一家総出で『しゃこ』の料理をはじめている。
        『しゃこ』(やまうずら)ルピック氏が今朝、猟に行って獲ってきた。
         テーブルの上に獲物の二羽の『しゃこ』を袋からだす。二羽は手傷を
うけただけで、まだ生きていて、バタバタしている。

ルピック夫人  フェリックス、おまえは石盤に、獲物の数をお書き。エルネスチーヌは、
羽むしりよ。「にんじん」おまえは、殺しの役目。しっかり殺しよ。今日
の一番の特権だよ。
にんじん    (小声で)ぼく、いやだなあ・・・・

ナレーション  「にんじん」は、嫌がりながらも、なぜこの役目をいいつけられたのか考
える。そして、以下の結論に達す。自分が血も涙もない心の持ち主で、万
人周知の冷酷さをもちあわせているからだ。
しかし、やっぱり嫌だ。それでのろのろしている。

ルピック夫人  なぜ早く殺(や)ってしまわないんだい?

にんじん    お母さん、ぼく、石盤書きのほうにしてほしいよ。

ルピック夫人  石盤はおまえには高すぎる。

にんじん    それなら羽むしりがしたいな。

ルピック夫人  それは男の子のすることじゃないよ。

ナレーション  にんじんは2羽のしゃこを手にとる。

ルピック夫人  ほら、そこで締めて。

エルネスチーヌ そう、頸のところを、羽を逆さにして―――。

ナレーション  にんじんは二羽つかんではじめる。

ルピック氏   一ぺんに二羽か、驚いたやつだな!

文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・229――――――― 12―――――――――――――――

にんじん    はやく片づけたいもの。

ルピック夫人  神経質ぶるんじゃないよ。心のなかじゃ楽しんでいるくせに。

ナレーション  しゃこは、暴れる。ぜったいに死にたくないのだろう。にんじんは、手こ
ずって、怒りだす。者この足をつかんで、靴で頭を蹴とばす。頭蓋骨が砕
けてしゃこは動かなくなる。

フェリックス  驚いたな!情け知らずめ!

エルネスチーヌ なさけ知らず! 情け知らず!

ルピック夫人  手際のいいつもりなのさ。ああ、かわいそうなもんだね。あたしがこんな
ふうにかきむしられるんだったら、ああ、考えただけでもぞっとするよ。

ルピック氏  とても見てはいられん。外の空気を吸ってくる。

にんじん   終わったよ!

ルピック夫人 これじゃ汚らしくってしょうがない。

フェリックス ほんとうだ、いつもよりうまくできなかったな。

なんとも、そうぞうしい「にんじん」家の台所風景だが、ここでみえるものは何か。

Q.この作品の感想

A.①ひどい家族   ②普通の家族   ③腹の立つ家族

Q.ひどい話なら、どんなところが

A.①殺し屋をにんじんに押し付け親   ②にんじんの殺し方

Q.殺し屋の役目は不当か

A.①不当でない   ②不当だ    ②べつに問題ない

Q.不当でないなら、その理由は

A.①にんじんしかできないから  ②石盤書きと羽むしりは無理だから

Q.「しゃこ」の状況なら、あなたはどんな役目

A.①早くらくにしてやりたいので殺し屋  ②石盤書きが楽なので石盤(つまらない仕事)

  ③羽むしり(これも、すぐあきるしごと) 

 一見、「にんじん」だけが損な役回りにみえるが、兄も姉もほんとうはやりたくて仕方がない。でも、怖いのと臆病で、できない。そんな推察もできます。 つづく

―――――――――――――――――― 13 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.229

―― 四幕 ――

ナレーション  裏の畑で、兄のフェリックスとにんじんがつるはしを使って畑仕事をして
いた。二人は近過ぎた。兄が振り下ろしたつるはしの先がにんじんのひた
いを一撃した。血が吹き出たのをみて気の弱い兄は、気絶した。部屋に運
び込まれ大騒ぎとなる。ペットに寝込んだフェリックスをルピック氏、ル
ピック夫人、姉のエルネスチーヌが心配そうにのぞきこんでいる。額の傷
を布でまいた「にんじん」も皆の後ろからのぞきこんでいる。

ルピック氏   塩はどこだ。

ルピック夫人  よく冷えた水を少しおくれ、このこめかみを冷やしてやらなきゃあ。

ルピック氏   (振り向いてにんじんに)えらい目にあったなあ。

エルネスチーヌ バターをくり抜いたみたいだわ。きずのところ。

ルピック夫人  おまえ、注意できなかったのかい。バカな子だね。

Q.皆が「にんじん」の傷を心配しないのは、なぜ?

A.①にんじんは肉体的・精神的に強いから   ②潜在的に嫌われているから

Q.この話の感想

A.①にんじんがかわいそう    ②ユーモア話     ③よくある家族の話

―― 幕 ――

ナレーション  朝のにんじんの部屋。にんじんはベッドで朝寝坊している。ルピック夫人
が入ってくる。鼻をくんくんさせる。

ルピック夫人  なんて変な臭いがするんだろうね!

にんじん    (起きて)お早う、お母さん。

ルピック夫人  ちょっとおみせ!

ナレーション  ルピック夫人、にんじんのベッドからシーツをはぎとり、臭いをかぐ。

にんじん    ぼく、病気だったんだよ。尿瓶がなかったんだもの。

ナレーション  にんじんは、こういうのがおねしょをしたときのいちばんの言いわけだと
思った。が、図星だった。ほんとうになかったのだ。用意するルピック夫
人が忘れたのだ。

ルピック夫人  嘘つきもの!嘘つき。

文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・229――――――― 14―――――――――――――――


ナレーション  ルピック夫人、あわてて部屋を飛び出していって尿瓶を隠しもってくると
ベッドの下にすべりこませる。そして、にんじんにピンタをくらわせる。

ルピック夫人  みんな、起きといで。こんな子どもをもつなんて、いったい、なんの巡り
合わせだろう?

にんじん    お母さん、ぼくベッドでスープ飲んでいい。

ルピック夫人  (怒りを押えて)しょうがないねえ、まったアホなこだよ。

ナレーション  ルピック夫人はスープわ持ってくると、おねしょのシーツのところに行っ
て、すくってスープ椀に入れる。それをにんじんに飲ませる。

ルピック夫人  ああ汚らしい、おまえは食べたんだよ、ほんとにたべたんだよ。それもじ
ぶんのやつをね。昨夜のやつをさ。
にんじん    そんなことだと思っていたよ。

Q.母親は、なぜ尿瓶を忘れたことを話さないのか。

A.①おねしょを叱るのに示しがつかないから  ②忘れたのが恥ずかしいから

Q.にんじんはおねしょをほんとうに飲ませられたように書いているが。

A.①おねしょおおすための方便   ②ほんとうに飲ませた   

Q.母親の行為をどう思うか

A.①異常だ   ②おねしょをなおすためには仕方がない 


感想

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―――――――――――――――――― 15 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.229

熊谷元一研究

「一年生」特別企画展

会場 長野県昼神温泉郷 熊谷元一写真童画館・常設展示場

第1回展 :  9月18日(水) ~ 12月16日(月) 12月18日に作品の入れ替え
第2回展 : 12月19日(水) ~ 2014年2月中旬迄
入館料、一般350円 火曜日休館

常設作品の他、普段は展示されない作品、計95点が

 2010年11月に101歳で亡くなった写真家熊谷元一(1909-2010)の代表作といえば、1955年に出版された写真集『一年生―ある小学教師の記録』(岩波写真文庫)である。この作品展が、熊谷の郷里にある熊谷元一写真童画館で開かれる。今年は、没後3年に当たることから特別企画展として2014年2月中旬まで開催される。

【『一年生』出版まで】

1949年4月 (40歳)母校会地小学校に転勤になる。
1951年 (43歳)岩波写真文庫の仕事として蚕の写真を撮る。『かいこの村』
1953年4月1日 (44歳)小学1年生を担任。写真撮影を開始する。
1954年3月30日、小学1年生写真撮影終了
1955年3月 (46歳)、岩波写真文庫『一年生』出版。

これまでの郊外授業 (熊谷元一研究)

下原ゼミでは、熊谷元一研究の一環として郊外授業を実施していきます。写真展、童画展写真童画館見学や熊谷元一研究発表(28会主催)などが主な授業内容です。研究の目的は、熊谷元一という一人の写真家・童画家の生涯と作品検証です。研究は、継続的になります。熊谷の写真、童画、学校教育に関心ある人は、ご参加ください。
これまで実施した郊外授業は、以下の通りです。見学は28会含む()はゼミ生
□2011年9月23日~24日 山形県酒田市美術館「近くて懐かしい昭和展」見学4名
□2012年7月8日(日)~9日(月)秋田角館ぷかぷ館「熊谷元一写真展」見学5名(1)
□2013年7月5日(日)銀座・教文館「岩波書店創業百年展」見学9名(2)
□2013年9月30日(月)市ヶ谷「熊谷元一写真コンクール選考会」見学5名(1)
□2013年11月9日(土)長野県昼神温泉郷 熊谷元一写真童画館「一年生展」

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募 集 第17回【熊谷元一写真賞コンクール】

応募テーマ「かんどう」

締切平成26年9月20日まで。応募先・〒395-0304 長野県下伊那郡阿智村智里331-1 熊谷元一写真童画館内「写真賞コンクール事務局」0265-43-4422 
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・229――――――― 16―――――――――――――――

ゼミⅡの記録

□ 9月30日(月)郊外授業 写真賞審査会見学 ホテル市ヶ谷 参加1(ゼミⅣ)
□10月 7日(月)ゼミ誌編集作業報告、作成会議 表紙の紙質選定 参加3名
□10月21日(月)司会・南海洋輔 ゼミ誌編集報告 テキスト読み『范の犯罪』疑似法廷
         劇の配役を決める。4名全員参加
□10月28日(月)参加者3名、ゼミ雑誌編集報告、模擬裁判・稽古、南海さん演出・監
 督、齋藤、嶋津。『兒を盗む話』南海さん課題報告、人生相談「大学を
やめたい」私のアドバイス。
□11月11日(月)ゼミ誌編集報告、「竹取り物語事件」、「尾道幼女誘拐事件」「継子殺人未遂事件」についての考察と刑量について、参加者3名
□11月18日(月)
ゼミ雑誌『読書と創作の旅』
1. 12月6日(金)はゼミ誌納品期限です。
2. 12月12日までに見本誌を出版編集室に提出してください。
3. 12月下旬までに印刷会社からの【③請求書】を出版編集室に提出してください。

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掲示板

お知らせ

◇12月7日(土)、ドストエーフスキイ全作品を読む会「読書会」

会 場 東京芸術劇場小5会議室   時 間 午後2時 ~ 4時45分迄 
作 品 『夏象冬記』     報告者 大野智之さん

◇2014年2月1日(土)、ドストエーフスキイ全作品を読む会「読書会」

会 場 東京芸術劇場小5会議室   時 間 午後2時 ~ 4時45分迄 
作 品 『鰐』     報告者

◇11月は児童虐待防止推進月間 です。


・・・・・・・・・・・・・・・・編集室便り・・・・・・・・・・・・・・・・
□住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方『下原ゼミ通信』編集室
 メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
       携帯 090-2764-6052

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