日本大学芸術学部文芸学科 2008年(平成20年)12月1日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.116
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
編集発行人 下原敏彦
2008後期9/22 9/29 10/6 10/20 10/27 11/10 11/17 12/1 12/8
12/15 1/19 1/26
2008年、読書と創作の旅
12・1下原ゼミ
12月1日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ教室2
1.ゼミ誌作成報告 出欠・連絡事項・課題提出・課題配布・授業評価
2.課題発表・「コルシカわが子射殺事件」裁判
3.世界名作読み 詩編「空」、幕末江戸観察・シュリーマン『日本』
4.社会評・議論 「いじめ・暴力はなぜなくならないのか」新聞から
今週の車窓・2008年象徴の事件
年の瀬が近くなると、なぜか大きな事件・出来事が起きるような気がする。オウムの犠牲になった坂本さん一家三人失踪事件、スマトラ沖大地震、世田谷一家四人惨殺事件などなどがそれである。今年も何か・・・と不安に思っていたら、やはり起きた。19日の新聞各紙は一面トップで「元厚生次官宅 連続テロ」(読売)、「元厚生次官宅 連続襲撃」(朝日)を大々的に報じた。テレビニュース・新聞によれば、18日午前10時20分ごろ、埼玉県で自宅玄関で夫婦が死んでいるのが発見された。夫妻の胸に刺し傷が数ヶ所あった。死亡推定時刻は前夕頃とみられている。同日夕方東京中野区で、主婦が宅配を装った男に襲われ胸などを刺され重傷を負った。殺害された夫婦の夫(66)と、後の事件で重傷を負った主婦の夫(76)が、元厚生事務次官で、共に年金改革に携ったことから、マスメディアは連続「年金テロ」と、大々的に書きたてた。テレビでは元警察関係者、元事件記者、弁護士、評論家、タレントらが、あれこれ推理していた。政治的背景か単独犯か、動機と犯人像に注目があつまった。
ところが22日、事件は急転直下、終息した。犯人が自首したのである。なぜか所轄ではなく、警視庁本庁に。自分が犯人と名乗る46歳の中年男は、職業不詳。犯行理由は、30余年前、保健所に愛犬を処分されたので、その仇討ちと云う。なんとも奇妙な動機だった。
今年は、各地で不可解な事件が起きた。秋葉原の「だれでもよかった」殺傷事件に代表されるが、今回の事件は、まさに今年を象徴する犯罪といえる。犯人は、小中高まで山口県の実家にいた。おとなしい勉強のできる子どもだったらしい。が、佐賀大学に行ってから変わりはじめた。とはいえ教授が就職を世話したというから...。しかし、何事も長く続かず、この10年は、実家とも連絡が途絶えていたという。アパート家賃は、きちんと払っていた。家で株をしていたらしい。パソコンに詳しい。そういえば、最近、事件を起こす人間は、出会い系、ブログ、メール、掲示板、などなどパソコンに造詣が深い。もしかしてインターネットのなかに犯罪に至らしめる「透明な存在」がいるのかも知れない。(編集室)
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.116―――――――― 2 ――――――――――――――
車窓雑記
早合点婆さんと若夫婦とその子供観察
つるべ落としとはよく言ったものだ。が、井戸など見当たらない昨今では、死語になっているかもしれない。晩秋も終わりのこの季節、とにかく日の入りが早くなった。夕方、5時ともなれば、すっかり夜のとばりがおりてしまっている。暗い歩道をとぼとぼ歩いているのは学童保育からの帰りの子供たちか。さて、いきなりだが、団地8階に住む早合点婆さんは、パートから木枯らしに追いまくられてヨロヨロわが家に急いでいた。8階でエレベーターを下りるとわが家のドアは、すぐそこ。早合点婆さん、一目散にわが家を目指した。が、あとわずかというところでピタリと足をとめた。「はて? 」婆さんは、何か気になることがあったのか、もと来た廊下を後戻りした。814室のドアの下にランドセルを背負った女の子がじっとうずくまっていた。早合点婆さんはお節介婆さんでもある。
「あら、どうしたの」と、声かける。女の子はむすっとして口をひらかない。同じ階なので、母親と一緒のところをよくみかけるが、若い母親は、まったく挨拶をしない女。年寄は、眼中に入らないらしい。会社勤めの夫も、同然。朝、早く夜遅いので、めったに顔を合わせなかった。で、半年前、二人目の子供が生まれたこと以外、この家の事情は、まったくわからない。早合点婆さんは、想像する。たぶんこの子は、朝、学校行くときカギを忘れたんだ。それで、母親の帰りを待っているんだ、と。
ところが、たずねてみると、そうではないらしい。女の子は、恐ろしげに首を振って小さな声でカギは、「いつも持っていない」と、いう。「お母さんは、いつ帰るの」と聞かれると「わからない」と首をふる。「いつから待っているの」「5時ころから」「もう、1時間もじゃない」早合点婆さん、大げさに驚いていった。「寒いから、わたしのところにきて、待ったら」女の子は、頑として動かない。「何年生」「三年生」「そうなの、じゃあがんばってね。そのうち帰ってくるんだね」早合点婆さんは、あきらめてわが家に帰った。15分ほどして、気になって早合点婆さん、外に出て様子を見に行く。女の子は、さっきと同じ姿勢で寒そうにじっとしていた。「まだ、帰ってこないの」。女の子は、黙ってうなずく。「どこに行ったかわからないの」「うん」「寒いから、うちにきて待ってなさい」「ここで待っています」女の子は、はっきりいった。「そうかい」早合点婆さん、あきらめてもどろうとした。そのときどこからか赤ん坊の泣き声。「あれ、赤ちゃんが泣いてるよ」814号室の中からのようだ。早合点婆さん、ドアポストに耳をあててみる。室内からギャアギャアと赤ん坊の泣き声。
「あらまあ、なかに赤ちゃんがいるのかい」「うん」女の子は泣きそうな顔でうなずく。「お母さんは、赤ちゃんをおいてどこにいったの」「わかんない」「近所に友達の家はあるの」「ない」「いつもあそんでいる子の家は」「知らない」女の子は一向に要領を得ない。その間、赤ん坊は部屋の中でずっと大声で泣き続けている。婆さんすっかりあわててしまった。赤ちゃんが大変だ。110番か、いや消防のレスキューかなど頭をめぐらせた。が、以前、早合点したことを思い出し、とりあえず女の子の学校に電話する。夕方6時、学校の返事、いま担任は面接中なので、あとからかけます。婆さん、いったん受話器をおいたが、この緊急非常時に、なんたる応対と、かけ直し、父親の携帯番号をきく。そして、すぐに父親に。父親はちょうど会社を退社したばかり。すぐ帰りますとの返事。婆さん、やっと安心したが、こんどはあれこれ母親のことを考える。なぜ、帰ってこないのか。事故か、失踪か、事件かなどなど。〒ポストから泣く赤ん坊を励ました。その最中、母親が長い黒髪をなびかせて帰ってきた。ここからが、早合点婆さんの憤慨もの。母親は、娘をみるなり「どうして、こなかったの」と、叱った。どんな事情かしらないが、娘とプールの前で待ち合わせていた、というのだ。いくら待ってもこないので、帰ってきたと話す。女の子は、すっかり忘れていたようだ。しばらくして若夫婦、赤ん坊、女の子が婆さんのところに謝りに来た。若い夫は、開口一番「すべての原因は、子のこのわがままからでたことです」と頭を下げた。早合点婆さんの憤怒、おさまりそうにない。