2008年5月アーカイブ

日本大学芸術学部文芸学科     2008年(平成20年)5月26日発行

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.102
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
2008前期4/14 4/21 4/28 5/12 5/19 5/26 6/2 6/9 6/16 6/23 
6/30 7/7 7/14 
  
2008年、読書と創作の旅

5・26下原ゼミ

5月26日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ教室2

 1.出欠・新聞コピー配布と解説・司会進行者指名

 2.課題提出原稿読み
      
 3.テキスト『菜の花』解説・完成作品『網走まで』読み

  4.表現稽古(紙芝居『少年王者』)時間あれば
     
 
過保護な親 大学にも(2008・5・24朝日)
 
 まさか、とは思ったが、本当らしい。先日の夕刊紙三面トップに過保護な親の記事が大々的に掲載されていた。少子化の現代である。加えて物騒な世の中である。親が過保護になるのも仕方ないというもの。とてもニュースになることではないのだ。が、過保護の対象が、幼児でも、幼稚園児でも、小学生低学年でもないところに、過保護問題がニュースになる所以がある。何と、過保護の対象が大学生だという。目を疑う記事だが、こう書いてある。
 大学生の入学から授業、進級、就職など、過剰なまでに干渉する「過保護者」が目立っている。/近年に急増したという。「教科書はどこで買う」「きょうは休みます」親からの電話。
■大学の教職員が見聞きした「過保護者」の実例
【履修登録】◇親が窓口に来て履修登録を質問。そばの学生は黙っている。
【父母からの電話】◇「バイトばかりしているようだが、授業に出ているだろうか」◇「子どもが『きょうは休講だ』と言って家にいる。本当か」◇「試験を受けられなかったそうだ。どうすればいいですか」◇「成績を教えない。進級したのか?こっそり教えて」◇「教室がいっぱいで座れないらしい。どうなってるの」◇「教授が『きょうは二日酔いだ』と言ったとか。なにごとか」
【保護者向けの相談会】◇「どうか卒業させてやって」「特別に配慮を」と父母が懇願。
※ 以上は、全国各地の9私立大の広報や教務、学生、入試、就職などの担当教職員に聞いた話だという。入学式は、「1学生につき保護者2人まで」と制限するのに会場は満杯状態。入場制限をしない大学では祖父母や、乳幼児を連れた親類もついて来る。開場の2時間前から並び、ビデオ撮りに便利な場所を目がけて走る親も多いとか。
 大学生に限らず、新人国会議員も似たような雰囲気がある。過保護な親は米国でも90年代から「ヘリコプター・ペアレント」として注目されるようになったという。

日本大学芸術学部文芸学科     2008年(平成20年)5月19日発行

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.101
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
2008前期4/14 4/21 4/28 5/12 5/19 5/26 6/2 6/9 6/16 6/23 
6/30 7/7 7/14 
  
2008年、読書と創作の旅

5・19下原ゼミ

5月19日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ教室2

 1.出欠・新聞コピー配布と解説・司会進行者指名

 2.課題提出原稿読み
      
 3.テキスト読み・草稿『網走まで』他

  4.表現稽古(紙芝居『少年王者』)時間あれば
     
 
常用漢字 追加候補の素案220字が公表された(2008・5・13朝日)
 
 ワープロ、パソコンの普及・発達で手書きすることが少なくなった。キーボードを打つだけで文章が書ける。これらの利器が最初から存在した若い人たちはどうか知らないが、40代、50代まで無縁だった団塊世代にとっては、画期的出来事だった。文字通り40の手習いでパソコンの前に座った。はじめは苦労したが慣れてくれば、これほど便利なものはない。しかし、良いことばかりではなかった。漢字をどんどん忘れていくのである。忘れないために何とかしなければ、と日々焦りの毎日である。が、文化審議会国語分科会・漢字小委員会は、この12日、追い討ちをかけるように新たに加える可能性のある候補220字を公表した。この220字をたたき台として2010年の新常用漢字表の制定をめざすそうだ。編集室は、むろんであるが、将来の夢が作家、ジャーナリスト等もの書きを目標にする文芸学科の学生にとっても、対岸の火事ではない。プロとして登用の漢字だけではなく、配布するこの220字も頭に入れておきたいものである。それには、やはり書くことの習慣化が最適である。
 ちなみに12日に開かれた同会の漢字小委員会では「俺(おれ)」を新たに常用漢字に入れるべきかどうか議論になったという。各委員の考えは以下の通り。
・甲斐・京都橋大教授=法令や公用文書では普通、使わないから、入れなくてもよい。
・都立目黒第八松村校長=私的に使うのはかまわないが、公的には私や僕を使いわけてほし
 い。公の場での使用を目安とする以上、あえて入れる必要なし。
・翻訳・演劇評論家松岡氏=俺は相手との距離をはかるうえで大事な言葉。また、男性が心
 の中で自分を呼ぶ場合にも使う。その俺だけ仮名で表記しなければならないのはおかしい。
などの意見。早ければ6月にも案がまとまるという。
※ものを書く場合、登場人物、筆者は、自分をどう呼ぶか。漢字では「私」「僕」「小生」「我輩」「俺」「自分」などか。仮名では「われ」「おら」「あっし」「わし」「まろ」などがある。

日本大学芸術学部文芸学科     2008年(平成20年)5月12日発行

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.100
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
2008前期4/14 4/21 4/28 5/12 5/19 5/26 6/2 6/9 6/16 6/23 
6/30 7/7 7/14 
  
2008年、読書と創作の旅

5・12下原ゼミ

5月12日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ教室2

 1.出欠・正副班長、ゼミ誌編集委員決め、新聞紹介

 2.「2008年、読書と創作の旅」愛読書紹介・提出原稿発表など
      
 3.テキスト読みOr名作読み

  4.表現稽古(紙芝居『少年王者』)時間あれば
     
 
祝100号記念に想う
 「文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信」は、今回100号を発行するに至った。本通信は、毎回ゼミごとの発行である。一回も、欠かしたことがないので、ゼミ100回記念ともいえる。が、感慨はない。気がついたら100号になっていただけである。
 創刊号は2004年(平成16年)4月19日であるから、期間にすればまる四年のあいだの発行である。年割りにすれば年間25通だから、1ヶ月に2通強の割合で発行したことになる。これが多いか少ないかは、知らぬところである。が、ゼミ誌以外、授業形跡として形で残ったものは、これだけである。この先、何号までつづくかは、何の予定も無い。ただなんとはなしに出していって、少しでも面倒になったら廃刊しようと思っている。
 しかし、せっかくの100号なので考えてみた。100回目と聞いて何を連想するか。100という数字は、いつもビリの方だった運動会の100㍍走がせいぜいだが、最近ニュースで知った「ブラジル移民100年」という出来事が思い浮かぶ。今年が、その年に当たるらしい。東海地方に出稼ぎ日系人が多い町があって、そこで記念行事があるとの話題。
 いまの若い人たちは、ブラジルと聞けばサッカーか、アマゾンのエコツアー、それにリオのカーニバルぐらいか。移民100年と聞いてもピンとこないかも知れない。日本国民の海外移民は明治政府の国策からはじまった。はじめは北海道の開拓が最初だった。2004年製作の日本映画・行定勲監督『北の零年』にも描かれているが当時は藩ごともあった。本ゼミでテキストにする志賀直哉の車内観察『網走まで』は、北海道開拓を暗々裏に危惧した作品ともいえる。国民を国策で大量に移住させる。それが北海道ならまだよい。国内だから失敗しても逃げ場はある。が、海外となると悲惨な結果になる。明治政府がとった中南米移民政策は、ほとんど失敗に終わった。現地で提供された肥沃なはずの土地は、草も生えぬ荒野だった。誇大な宣伝文句に乗せられた着の身着のままの移住者たちは哀れである。挑戦した多くの人は、過酷な人生を歩んだ。最近、その保証問題の裁判判決があったが、ほとんど